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【体験談】もし、自分の子どもが幼稚園でいじめにあったら…。解決方法について考えてみる

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ときおりニュースで流れる、児童による「いじめ」。

命をうばうような壮絶なものもあり、子供をもつ親としてはニュースが流れる度に胸が痛みます。
…と同時に、「うちの子は大丈夫だろうか?」そんな不安に襲われたことも1度や2度ではありません。


しかしながら、心のどこかでは「いじめが始まるのって、自我が芽生える小学校ぐらいからだろう」と思っていました。
幼稚園・保育園時代ならまだ「いじめ」はないだろう… そんな考えがあったのです。


しかし、その考えは打ち砕かれることになりました。

私の息子が幼稚園の年長組になった頃、とある子どもから執拗な嫌がらせを受けたのです。
「児童同士の相性や気性の相違」による衝突ではありません。
客観的にみても、そこには私の子供を傷つける「明確な悪意」がありました。


つまりは、正真正銘の「いじめ」です。


結論からいうと、この「いじめ」は、”ある事”で一気に解決を迎えるわけですが、正直なところ、渦中ではかなり悩みました。
息子が小学校に上がった今、幸いにして同じことはおきていませんが、いじめとは「今思えばいい経験値になった」などとはとてもいえる出来事ではないのです


できればもう思い出したくもないですし、もし、そのときのいじめっ子や親の顔を町で見かけたなら、殴り倒したい気持ちに襲われる気がしてなりません。


そんな辛い経験ではありましたが、同じ悩みをもつ親御さんのヒントにはなるかもしれない、と思い記事にしようと思った次第です。

少々長くなりますが、よろしかったらお読みください。




 

年長組になって突如おきた「靴を隠された」事件

うちの息子は一人っ子であるせいか、性格はどちらかというと引っ込み思案なほうでした(それは小学校にあがった今でも変わりません)

公園で同じ年代のこどもたちが遊んでいたら、いつの間にか混ざって遊ぶタイプの子供も多いかと思いますが、うち子はそうではありません。
「大丈夫だよ。一緒に遊んでおいでよ」といっても、親の元からなかなか離れないタイプです。


なので、『幼稚園に入ったら、多くの知らないお友達と仲良くやっていけるかな…』とすごく心配していました。
しかし、幸いにして年少と年中はそれぞれよいお友達に恵まれたこともあり、幼稚園にいくのはとても楽しそうでした。


年長にもなると、もう園でのペースも完全に出来上がっています。
「あとは小学校にあがって、全く知らないお友達とうまくやっていけるかどうか…」そんなことをぼんやりと意識し出していた矢先に、”ある事件”が発生。

その後、幼稚園を巻き込みながら、親子ともども心身を消耗しつくす事態になっていったのでした。


「Kくんから靴を隠された」

ある日、息子のお迎えにいった時のことです。
いつもはお家に帰れるのが嬉しくてテンションが高い息子が、どことなく元気がありません。


「どうかしたの?」

「幼稚園で何かあったの?」


聞いても「別に」というだけで口を開きません。

しかし、何度もしつこく聞くと、息子も根負けをしたのか、やっと重たい口を開いていいました。
そしてその言葉を聞いて、私達夫婦は衝撃を受けたのです。


「Kくんに、靴を隠された」

送迎バスでいつもいっしょのKくんがまさか…

Kくんは、息子と同じ学区に住んでいたこともあり、幼稚園の送迎バスも同じでした。

年少時代から顔見知りではあったもの、年中までうちの息子と同じクラスになることはなく、ただただ「元気な子だな」とおぼろげに感じていた程度です。


そんなKくんと、年長で同じクラスになったのは偶然ではありませんでした。
息子の通っていた幼稚園では、同じ学区の小学校になる子を年長では同じクラスにする方針だったからです。


Kくんとは同じ小学校に上がることは前から知っていたので、「仲良くなってくれると、小学校に上がったときに心強いな」と思っていました。


そんな矢先で、息子からきいた「靴を隠された」という話。
しかもその犯人がKくんというのが、私達夫婦にとってどれだけショックだったか…

息子のいう事が「真実か?」ということを見極めるためにも、詳しく話をきくことにしました。


「先生にはそのことは話した?」

息子「いってない」

「じゃあKくんには言った?」

息子「うん、言った。」

「なんて言ったの?」

息子「”靴を隠すのやめて”っていった」

「そしたらなんて?」

息子「”靴を隠したのは僕じゃない”っていった」


息子のいうには、その日の帰りがけ、一足先にKくんが靴箱に向かい、息子の靴を隠したのを見たというのです。
さらにKくんはというと、靴を必至で探している息子を遠くで見ながら、ニヤニヤ笑っていたとのこと。

小さな子どもが淡々と語る描写に、胸が苦しくなりました。


しかし、まだ小さな子供の言うことです。なにかの間違いという可能性もありますし、どこまで鵜呑みにしてよいかわかりません。

そこで、ひとまず園と連携を取り、Kくんの動向、特に退園時の様子をチェックしてもらうようお願いしました。



園からの報告によって判明した真実

幼稚園からの報告を待つまでの間も、送迎バス乗り場ではKくんとKくんの親とは出会います。

息子にアニメの話題などで話かけるKくんですが、私達はもういままでと同じように見ることは出来なくなっていました。

しかし、Kくんが犯人とはまだ決まったわけではないのですから、なんとも居心地の悪い空間です。


「早く真実を知りたい。」

そんなことを毎日妻と話していると、ほどなくして園の担任の先生から連絡がありました。


Kくんが、息子の靴を隠した現場を押さえたとのことでした。

息子の言っていたことは、全て本当のことだったのです。


謝罪があるどころか、明確な敵意を剥き出しにしてくるK君の身内

Kくんが息子の靴を隠している現場を押さえた担任の先生は、その場でKくんに指導をし、K君の親にも連絡を取ってくれたそうです。

私達は「これで解決した」と胸をなでおろしました。


…と同時に、Kくんについては「分別のついてない子供の悪ふざけが、少々過ぎたのだろう」と思い、反省をしてくれたのなら、これをきっかけに仲良くなってくれたら…と思っていました。


そして翌日の送迎バス乗り場。
そこにはKくんとおばあちゃんの姿がありました。


普段のKくんの送迎はお母さんなのですが、Kくんのお母さんは働いていることもあり、ときどきおばあちゃんが送迎にくることがあったのです。


送迎バスがくるまでの間、Kくんのおばあちゃんとは挨拶や軽い会話はしていたそうですが、この日は完全に無視してきたそうです。
こちらから挨拶をしても、無視。
普段は温和な表情のおばあちゃんの表情も、この日は別人のように一変。
明らかな敵意すら感じたそうです。


この報告を妻から受けた時、私は絶句しました。


「なんで? 普通は一言すいませんでしたって言うよね。
別に謝罪とか求めてはいないけど、なんでこんな態度をうちがとられないといけないの?

うちら、被害者よね?」


悔しさと怒りが溢れ、目に涙を浮かべた妻からの報告に、私も胸が痛みました。


「まぁ、おばあちゃんだから、孫に過度な愛情があってそんな態度をとったんじゃない・・・?
あの年代って、価値観に偏りがあるからさ」

そんなことを言ってなだめながら、「Kくんのお母さんは今回のことをどう考えているんだろうか」
ということをぼんやりと考えていました。


「息子にショックを与えたくないので、話はしていません」

翌日の送迎は、おばあちゃんではなくKくんのお母さんでした。
挨拶もきちんと返してくれますし、不自然なところはなく、態度はいつもどおり。


ただ、靴を隠した事については一言の謝罪もありませんでした。


明らかに敵意を剥き出しにするおばあちゃんは、考えようによってはまだわかりやすかったかもしれません。
孫が可愛いがゆえの盲目、と説明がつくからです。
むしろ、普段まったく変わらないKくんのお母さんの態度のほうが異常性が際立ちました。


とはいえども、向こうが今回の事件をどのように捉えているのか。
私達が一番欲しかったのは、「同じことは二度と起きない」という現地であり、確信です。


その後、担任の先生から、Kくんのお母さんに連絡をした旨の報告がありました。
 

「まだ息子とそのことについて話はしてません。 
(K君が)ショックを受けるといけないので・・・」

 
耳を疑いました。


他人の靴を隠すという、犯罪紛いなことをした子供に対し、即座に矯正しない親がいるとは・・・。
極端な話、犯罪を犯した息子を匿う親の愛情と同じ心理です。


靴を隠された事件は、その後まったく進展をしていなかったのです。
いえ、進展したのはKくんの身内からの憎悪が発生したのみ。


そして、嫌な予感は的中。
Kくんの息子に対する執拗な嫌がらせが再び始まり、だんだんエスカレートしていくのでした。


つばをはく、引きずりおろす、肯定感を破壊する言動に傷つく息子

その後、息子からはKくんかからの報告を毎日受けるようになりました。

その内容はどれも子供のいたずらというレベルを超え、サディズムを感じさせるような異常性のあるものばかりです。


 頻繁にツバを吐きかける

 別のお友達と遊んでいたら介入して引き剥がそうとする

 高いところに登っていたら、下から引っ張って転ばせる

 わざわざ「○○(うちの息子の名前)は好きなお友達のなかに入っていない」という

 

エスカレートしていく報告を聞くたび、妻をいなす立場であった私の忍耐のほうが限界に達しました。



「俺、もう限界やわ。直接Kの親に、文句いってやろうと思うんやけど」
妻「そんなことしても根本的解決にならんやろ。 
まともな人間じゃないから、逆恨みされても怖いよ」



「何を生ぬるい」と思う気持ちもありましたが、確かに妻のいうことにも一理あります。

私個人に対して逆恨みされても一向にかまわないのですが、息子にさらに矛先が向かうのはさけねばなりませn。

再度、幼稚園に申し送りをし、息子を交えて担任の先生と面談をしてもらうことにしました。


担任の先生ですら見えていなかったKくんの悪意

面談の日。
 

「息子さんとの面談に同席されますか?」と聞かれましたが、息子自身の口から語れるところは語って欲しいと望んでいたので、二人だけでお願いしました。
 
 
いつもはあまり多くのことを語らない息子が、何かを懸命に先生に話している姿を遠目にみて、胸がひどく痛みました。
 
(ごめんな。こんな場で先生に話をすること自体もイヤなことやもんな・・・。絶対なんとかするけんね)


程なくして面談も終わり、担任の先生から呼ばれました。 

普段何かあってもあまり言いたがらない息子でしたが、今回は自分の口で、Kくんからされた内容を全て話したようです。


担任の先生から見えるKくんの評価、それは「確かにやんちゃな男の子」でした。
そして、うちの息子とよく遊んでいたように見えていたので「基本的には仲良しの関係」という風に見えていたようです。

今回息子が話をした内容は、担任の先生ですら一切気づいていないことでした

「今後も出来る限りKくんの動向には目を光らせます」 そう担任の先生も約束をしてくれたので、「これで収束に向かうだろう」と安堵しつつ、その日は園を後にしました。

それでも一行に収まる気配のない嫌がらせと園の進まない対応

しかし、それでもKくんのいやがらせは収まる気配はありませんでした。
 
天性のものでしょうか。
先生の目をうまく盗み、かつ人気のないところで息子にいやがらせを行うようになったのです。
 

話をきくと、子供とは思えない狡猾なやり方に、むしろ驚かされることばかりでした。
言い方は悪いのですが、虐待や家庭内暴力でも受けているのかと思うような異常性を感じました。

 
「もう、他のお友達と遊びなさい」
「でも、遊ぶおともだち、Kしかおらん」


Kくんは、うちの息子と他のお友達が遊ぼうとするとことごとく介入し、Kくんとしか遊べないように仕向けていたようです。
しかし、遠足の場などでは突き放すようなことをするので、お弁当を食べるのもの一人ぼっちでした。


心理学を多少かじっていた私に言わせれば、Kくんは完全に息子を支配しようとしているように見受けられました。

このままでは息子のセルフエスティーム(自己肯定感)がことごとく枯れてしまう・・・。
 
その後何度も園には連絡をいれたのですが、「善処します」との回答ばかり。
面談の後に担任の先生には期待をしていたのですが、具体策の提示はなく、Kくんの悪質な立ち振舞は一向に収まる気配は見られませんでした。

もう、幼稚園ですら信用できない… そんな絶望感を感じはじめていました。

Kくんの異常な攻撃性と陰湿性はどこで培われたのか

Kくんは、見かけるたび、新しい靴や水筒など目新しいものを身に着けており、買ってもらったおもちゃのことをよく息子に自慢していました。
 

それはまぁそれぞれの家庭のあり方なので特に気にはしていなかったのですが、「おや?」と思うことはありました。

それは、うちの息子にマウントをとりたがる傾向があったということです。


たとえば息子が「○○のアニメにハマっている」「動物や昆虫が好き」というような情報を知ると、たちまち関連する本やDVDを見て、「俺のほうが詳しい」「特別な情報を知っている」とアピールをするのです。

そのくせ、「○○は嫌い」とか「○○はつまらない」という風に、わざわざ息子が悲しむようなことを言うのでした。嫌いだったらDVDみなきゃいいのに、と何度も思ったものです。


このように、ほしいものは何でも買い与えられ、「みたい」と言ったDVDは再現なく見せて貰える家庭環境。
おそらく、うちの息子の靴を隠した一件を親子で語ることは一切なかったと思われます。


なぜここまで甘やかすのか理解に苦しみますが、その要因の1つは家族構成にあったのかもしれません。
Kくんのお母さんは、Kくんが幼稚園に入る以前に離婚したため、お父さんがいなかったのです。
お母さんの実家に転がりこみ、祖父母との4人ぐらしのようでした。


ここから推測するに
「父親がいない後ろめたさを、欲しいものを再現なく買い与える母親」と
「無条件で孫が可愛くて仕方ない祖父母」
のコンボで、「我慢することをしらないKくん」の人格が形成されてしまったのかもしれません。
 

「偏愛」


私がひとことでいうなら、そんな家庭環境です。
Kくんの異常な振る舞いを正すものは不在。
小さな国王に歯向かった私達は、一族の敵となったのでしょう


ある日突然解決したその理由とは

「次の一手は園長に直談判をするしかない」と妻とは話をしていました。
…といっても、今回の件は園長も知らないわけがありません。
直談判をするということは、ある意味で園に対する抗議の意思表示でしかなく、かえって「面倒くさい親」と思われる可能性も高かったのですが、もはやどう思われようと構いません。


泣いても笑っても、Kくんとは同じ小学校にいくことになるわけです。
ここで決着をつけておかないと、大事な小学校の6年間が辛い期間になるかもしれません。

「園長に言ってもダメだったら…」 半ば手詰まり感も感じはじめていた頃、この問題は思いがけずあっさり終焉を迎えることになります。


Kくんの母親が再婚し、引っ越すことが決まったのでした。
 
物理的に離れるのがベストでしたので、この事実を知り妻と胸をなでおろしました。


しかし、「これで良かったのか?」というモヤモヤも残っていますし、「もしKくんの母親が再婚しなかったら?」と考えると、今頃どうなっていたかわかりません。


解決の糸口は、努力や苦労とまったく関係のない「運」でした。


しかし、Kくんの実家はまだ同じ校区ないにあるわけですから、「もし、また離婚して戻ってきたらどうしよう」という思いもゼロではありません。
再婚した父親がモラルのある教育を施してくれればよいのですが、継父と連れ子は本能的に合うことはないと思われますので、より人格的には異常性を増してくる可能性も高いかと思います。


願わくば、もう二度ど息子の人生には関わってもらいたくありませんし、万一関わってきたときは、両親にこの記事を示し「あなたたちのことを書いた記事ですよ」と伝えようと思っています。


子供同士のいじめに大人はどう介入すべきか

意図せずして「物理的に離れていった」という幸運で解決した今回の問題ですが、子供同士のトラブルの対処は非常に難しいと感じました。
実際、別の子供と子供でのいじめでしたが、毎日「ぶっ殺してやる」と耳もとで囁かれ、ストレスでノイローゼにまでなった子も園にはいたそうです。


もし、いじめにあったとしたら、最初の1手として最適なのは「園に相談する」ことであることは間違いありません。

それは問題解決のため、であると同時に、「子供どうしの立場」を確認し、「ただしい事実」を知るためです。

例えばKくんのような子が、家庭で「うちの息子にいじめられた」みたいな事を言おうものなら、それが事実ではなかったにせよ、問答無用で私達に敵意を抱くのは火を見るより明らかです。
それは絶対に避けねばなりません。


しかし、その次の一手が非常に難しいところです。


親と親との談判になるというのもなかなかリスクが高いところですので、園を介入させることは不可欠ですが、よほどのところでない限り「できるだけ面倒事には関わりたくない」スタンスのところが多いでしょう。


子どもが安心できる場を設定してあげること。ただしそれは隔離ではない

どんな状況下であっても、最優先すべきは「大事な我が子の健全な心身を守ること」です

そのため、もし園に相談してもどうしようもない場合は、登園させないことや、転園という判断も悪くはないと思います。


しかし、幼稚園や学校という場は、知識や学習だけではなく、集団の中での立ち振舞方や、協力の仕方を学ぶ場でもあります。
問題があるから登園させない、で終わってしまっては、感性豊かな幼児期に、貴重な体験をする機会を損失してしまうかもしれません。


そのためにも『子供の理解者(信用できる大人との関わり)を増やしていく』『安心して所属できるコミュニティーに所属させる』
ということを並行して考えておくことが大事と思います。


息子の場合、年少のころからサッカークラブに通っていたのですが、そこでの先生との関わりやお友達との繋がりに、息子だけでなく私達親もどれだけ救われたかわかりません


サッカークラブは「学校」や「学年」というフレームを超えて仲良くなれる子が出来やすいですし、体を動かすことのメリットははかりしれません。
私の息子はサッカーの腕はそこまで高くはありませんが、いじめられていたときもサッカーで発散できていましたし、本当にやっていてよかったと思っています。




ちょっとした変化に気づいたら、対話をとことんやることも大事

今回のいじめの件、結果的にはKくんのお母さんの結婚による強制終了で幕引きとなりました。

しかし、私達はまったく息子の役にはたてなかったのでしょうか?
そうともいえますし、そうでないともいえます。


息子の異変に気づき、息子の胸のうちを徹底的に吐き出させるたことで、「パパとママは見方だ」ということが確実にインプットされたと思います。
この経験は、とっても重要な幼少期の体験になるはずです。

「なにかあったら親に相談する」というハードルを徹底的に下げることが大事ですし、子供がアラートを上げてくれたらいかようにも動きようがありますからね。


責任感の強い子供ややさしい子供ほど、辛いことや悲しいことを自分の胸のうちだけに秘めておく傾向にあると思います。

私も息子も、なんだかんだいって何度も何度も問いただして、やっと重たい口を開いてくれました。


あなたの大事な子供がなにかおかしな素振があったなら、そこにはなにか原因があるはずです。
そこをしつこく問いただし、その後は徹底的に共感すれば、子供との信頼関係は深まりはずです。
そのあとは事実を確認し、ベストと思われる動きを模索するのみ。

いじめへの対処は、正直つらいことのほうが多いです。
孤立無援や、手詰まり感を感じることも一度や二度ではありません。
だからこそ、問題の発生源である学校や幼稚園とは違う場でコミュニティをもつことは、子供にとっても親にとっても癒やしになるはずです。

悩みつつも、悩まない。気持ちを切り替えることのできる環境に身を置き、何かに打ち込む時間を作ってあげること


そうすることで、かならず事態はよい方向に好転すると、私は信じています!


子供たちの「心に体力を。」リベルタサッカースクール


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